われから(4/13)母に何が起こったか
(四) この世に鏡というものがなければ、自分の顔の良いも悪いも知らなくて、分相応に気持は安らかだ。六畳一間に楊貴妃も小野小町もひそませて、美しいエプロン姿で奥ゆかしく日々を送るだろう。淡くただよう女子の心を揺さぶるような他人の称賛に、思わずカアアと赤く上気して、昨日までは放っておいた髪の毛をつやつやと結びあげ、化粧道具を取り上げて見ると、どうだ眉毛も生え続いている。隣りから剃刀を借りて顔をつくってゆく時の気持ち、そもそも見てくれの浮気になって、襦袢の袖も長いのが欲しく、半天の襟の厚手だったところが糸ばかりになったのをさびしがる思い。 与四郎の妻の美尾にしても、一つには世間がそう評価したのだ。ステータスの高さはなくても誠実な夫の心情が嬉しくて、六畳四畳の二間の家を金殿とも玉楼とも承知して、いつだったか四丁目の薬師寺で買ってもらったニッケルシルバーの指輪を、大切そうに白魚のような指に嵌めて、馬の蹄で作った飾り櫛も、本物の鼈甲を世間の人が喜ぶくらいに喜んだものだった。けれど見る人ごとに褒められて、これだけの容貌が埋もれ木とはどうにも惜しいことだ、外に出ている人であるならおそらく、京都島原の花街ナンバーワンの美人ですよ、比較になりませんよとか、言葉には課税されないんだと自分が面白いからと他人の妻を評論するバカ者もいた。豆腐を買うんだとオカモチを下げて表に出れば通りすがりの若者に振り返られ、惜しい女性だよ服装がちょっとなどといってどっと笑われる、思えば絹でなく綿の安い銘仙織地は糸がよれていて、色の褪せた紫の羊毛メリンスの細い帯、月30万待遇の圏外者の妻としてはこれより上の装いなどあるべくもないが、青春の女心にはやるせなく、タガの緩んだオカモチにしたたる豆腐の水なのか、ふと袖先をおさえたのであった。 心がどうにもゆらゆらして、襟元袖口だけが目に入る。 それにそれに、この前の年だった。春雨が晴れたあとの一日、今日しか見られない花の全盛期に、上野から隅田川まで一キロあまりを夫婦連れで楽しく歩いた。普段にはないできるかぎりのビジュアルをつくった。とっておきの一張羅といっても、夫は黒い紬の紋付の羽織、妻は博多の帯を一筋だけ締めた。前日に甘えて買ってもらった黒塗りの駒下駄で、たとえ足裏部分が南部盛岡製のコピーモノであってもそんなの分からないから嬉しくて、お出かけしたのだった。 ...