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10月, 2025の投稿を表示しています

われから(12/13)ついにきた

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十二  十六日の明け方、きのう掃除をした跡が清々しい。収納スペースのような六畳の部屋にこたつを置いて、夫と妻は差し向っていた。今朝の新聞を広げて、政治の世界、ジャーナリズム、語れば答えも尽きない。はた目にはうらやましく見えて、楽しそうなんだが、恭助はこの機会にと思っていたようだった。  何年も何一つ不足のない家だけど、子供がないのばかりは残念で、君にあれば本当にうれしいんだが、万一できないものなのなら、今からもらって僕らのやり方で育てていったらと、このことを明け暮れ考えていた。けれど今だに良い人も見つからなくて、年がたてばおれも四十の坂だ。初老じみたことを言うようだが家の跡継ぎが決まらないのは何かにつけて心細く、最近の君のように、さびしいさびしいの言い続けもしなくて良いようなこともあるはず、幸い海軍のトリイの知人のお子さんで、素性も悪くなくて生まれつき利口な男の子があるという。あなたに異存がなければその子をいただいてきちんと育てたらと思ってる。全体の引き受けは鳥居がして、実家にも彼の家からということで、年は十一で、顔かたちは良いそうで。  妻は顔をあげて、夫の表情をどうなのかとうかがっていたが、なるほど、それは良いお考えなので「私にどうこうはございません」  良いとお考えならお取り決めください。ここはあなたのおうちでございますから、どうであれお考えのままに。  落ち着いてそう言いながらも万が一その子であったら、と無情な気持になる。自然と顔色にあらわれた。  なにそう急ぐことでもないんだ。よく考えてその気になったらその時のことで、あまり気持を鬱々とさせて病気にでもなったらいかんから、少しは気が休まるかとも思っていたけど、それも軽率すぎることで、人形じゃないんだし、人ひとりを遊びものにするわけにもいかない、うまくいかなかったといってどこかに捨てることもできん、家の柱にともらうのだから、もう一通り聞き定めもして、よく確認してもみた上でのことだ。  ただ、最近のようにふさいでいたら、体のためにも良くないと思う。これは急がないことにして、ちょっと歌舞伎座にでも行くなんてどうでしょう、三代目中村歌六さんが近くで出ている、播磨屋です。今晩はどうですか、行きませんか。そう機嫌をとってくれたが。  あなたはなぜ、そんな優しいみたいなことをおっしゃいます。私はけっして、そのようなことは...

われから(11/13)聞いてしまった

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  十一  今年も今日、十二月の十五日だ。世の中が押し詰まってきて、人々が大通りを、慌ただしく行き交う。勝手口は出入りの商人や、歳暮の持参者で賑わっている。気の早い家では餅を搗く音さえ聞こえるけれど、この家では煤取りの笹の葉が座敷に零れ落ち、藁だけで作った「冷や飯草履」が廊下のあちこちに乱れ散っている。雑巾がけをする者、畳を叩く者、家内の調度品を磨いて回る者がいる。振る舞われた酒に酔ってお荷物になっている者もいる。是非お申しつけ下さいと出入りの人々が、お手伝いお手伝いと煩わしいのを半分はお断りして、薄いブルーグリーン「瓶覗き」色の手拭いをそれ、と切って配ると、一同が手に手にそれをかぶる。姉様かぶり、唐茄子かぶり、頬かぶり。吉原かぶりをする者もいる。  主人の恭助は朝から外出しており、代わって指示を与える妻、町子であった。着物の裾の端を片手に、友禅染めの長襦袢を長く引きずって、赤い鼻緒の草履は麻の裏地だ。あれだ、これだ、と仰せ付けている。  ひとしきり終わっての午後、お茶菓子が山のように搬入されて「大皿鉄砲撒きだ」「分捕り次第だ」とアナウンスがあり、町子夫人はしばし二階の小部屋で休憩して、気疲れから解放された。彼女は「血の道」が強かった。胸苦しさが耐え難くて枕と小型の掻巻で仮眠をとる。小間使いのヨネの他に、誰もそのことを知る者はいなかった。  とろとろとして目覚めると、枕元の縁側で男女の話し声がする。それほど遠慮する感じでもなく、ここの旦ジョンが、奥ションがと、タクシー会社の休憩室で言うようなのは、奥様がここにとは夢にも思わんのだな。  一人は座敷周りのフクの声だ。丁寧にていねいにとおっしゃるけれど、一日仕事にどうしてそうは行き渡られない、隅ずみ隈ぐまやっておいてもやり残しはあるんだから、目につくところをざっと仕事して、あとはどうにでもするよ。それで丁度いい加減に疲れてしまう、そんなにあなた正直で勤まるものか、とばかにしたように言った。ほんとだよと言う、相手は茂助のところの安五郎の声だよ「飯田町のお波のことを知ってるか」  そう聞かれてお福は、もう百年前からと言わんばかりに、それをご存じないのはここの奥様お一人で、知らぬは亭主の逆パターンだね、私はまだ見たことないけど色の浅黒い面長で、品が良いと言うじゃないですか、あなたは親方の代行でお供を申すこともあるよね、...

われから(10/13)学生千葉に何があったか

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  (十)  自分で自分をもてあまし困惑して夫人はわけも分からず混乱していた。この朝晩の空の色、晴れたときでも曇っているようで、光の色は身にしみてあやしい気持がある。時雨の降る夜の風の音は誰かが来て扉を叩いているように聞こえて、切ない気持のまま琴を出してきて好きな曲を一人で弾いてみるが、自分で自分の調べがあわれに思えて、どうしても続けることができない。涙を振りこぼして琴は押しやった。  ある時は女性たちに肩を叩いてもらいながら、気持ちが浮き立つような恋愛話などを頼んで聞いた。人が聞けば顎が外れるぐらいに可笑しくて、笑い転げるようなしょうもないのさえも、この身にはいちいちあわれであった。私も気持ちが燃えているんだ。  ある晩、座敷周りで働くフクという女性が声を改めて言った。言わなければ人には分からないことです、言っても私の得にはなりません、でも黙ってはいられませんのは私がおしゃべりだからです。お聞きになっても知らない顔でいてくださりませ、ここに一つのお話しがとややノリ気味で声を弾ませると、それは何なの。  お聞きください。学生の千葉の、初恋のあわれです。地元におりましたときにひそかに好きになった人がいたそうです。田舎者のことですから鎌を腰に差して藁の草履で、手拭いに草の束を包んでと思うかもしれませんが、なかなかそうではございません、キレイな方で、村長の娘というようなことだそうなんです。小学校に通ううちに浅くない気持ちになりまして、と言うとそれはどちらから、と主人の身辺を担当する小間使いのヨネが口を挟むが、黙って聞いてよ、もちろん千葉さんのほうからだよと言う。あらあの硬派さんがと言って笑いだすと夫人は苦笑した。  気の毒に、昔の話を探し出したのかと言うと、いえ、そうそう遠い話ばかりではございません、まだ順番に、と襟元を直して咳払いをした。小間使いは少し顔を赤くして、お似合いの二人じゃないですか、辛口のフクが何を言い出すのかと後ろ目でキツめに見ると、それは聞き流して口元を湿らせた。  まあお聞きください、千葉がその娘を意識するようになってからのことです。朝に学校へ行きますときには必ずその家の窓下を通って、声がするか、もう出かけたか、見たい、聞きたい、話したい、色々なことを思ったと思ってください。学校では何かしら話しましたでしょう、顔も見ましたでしょう、でもそれだけ...

われから(9/13)その孤独

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(九)  この家は町子十二才の時に、父の与四郎が借金の担保として手に入れて、そこから修繕は加えたけれども水の流れ、山の佇まい、松の木枯らしの小高い響きもただその昔のままであった。町子は酔い加減が夢のようで、振り返って後ろを見ると、雲間の月は仄明るく、社の前の鈴の古びた姿や、紅白の綱が長く垂れて古い鏡が神々しく光を放つのも見える。夜の強い風がさっと四角い格子を鳴らすと、人がいないから鈴がカラリと音を立て、木の神具に挟まれた紙が揺れるのも淋しい。  町子はとつぜん恐ろしくなった。立ち上がって二足三足、母屋のほうへ帰ろうとしたが、引き止められるように立ち止まって、今度は狛犬の台石に寄りかかり、木の間を洩れてくる座敷の騒ぎを遥かに聞いて、ああ、あの声は旦那様、三味線は小梅のような、いつの間にあんな粋な女性になりなさったか、油断ならないと思うと同時に心細さに耐えられなくなって、締め付けられるような苦しさが胸の中のどこからともなく湧きあがった。  ややしばらくして夫人はおおかた酔いも醒めたので、怪しく乱れたその気持ちを自責して、戻って杯盤狼藉の有様を見た。客方の迎えの車が綺羅星のごとく門前に並んで、何様お立ちの声は賑わしい。散会の後は時雨になった。  ホスト役の恭助はひどく疲れていて、礼服を脱ぐこともせずに横になっている。それをああ、あなたお召し物だけはお替えになって、それではよくありませんと羽織を脱がせて帯も妻みずから解いて、柔らかい絹平織にフランネルを重ねた寝室用の小袖に着替えさせ、ではおやすみをと手を取って手伝うと、なにそんなに酔ってはいないと言って、よろめきながら寝室へと入った。  妻は火の元の用心を、と言い渡してだれもかれも寝なさいと言って、同じく寝室に入ったが、なぜとはなく安らげない気持ちがあって、言葉には出ないが表情の普段と違うのを夫は半睡の眼でとらえた。なぜ寝ない、何を考えているのと尋ねると、妻は何かご返事をお聞かせすることもないのですが、ただただ不思議な気持ちがいたします、どういたしたのでございましょう、わたくしにも分かりませんと言うと、夫は笑って、あまり気を使い過ぎたせいだろう、気持ちが落ち着きさえすれば治るさと言ってくれたが、いえそれでもわたしは言うに言われない淋しい気持ちがするのでございます。  先ほど皆さまがお酒をお勧めになるのがあまりうるさくて、一人...

われから(8/13)そして町子

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(八)  現世の欲望を金に集中して約十五年間のもがき、それは人からは赤鬼という異名を負わせられ、五十に届かぬ生涯は燃え尽きた灰のように終わった。そして残った数億円、今の玉村恭助氏とはその与四郎の婿養子なのだった。あの人はあれほどの身分で他人の姓を名乗らなくても、との誹謗もあったけど、何事もなく目指す道に入り、家内を振り返るやましさもないのはこれ全て、養父の贈り物なのだな。  だからこそ妻の町子はそのまま寵愛の手の平に乗り、わざわざ夫を下に見ることもないけれど、義父義母おられて万事窮屈に堅苦しいお嫁御寮の身とは違って、観たいと思えば全公演の参戦も誰が苦情を申すのか。花見月見に旦那様を誘い出し、お帰りの遅い時にはどこまでも電話をかけて、夜は更けても寝なさらず、あまりに恋しく慕わしい時には我ながら少しは恥ずかしい気持ち、どうしてなのかと分かりもしないが旦那さまのいらっしゃらない時には心細さ耐え難く、兄のように親のように頼もしい人に思われた。  それなのに時には地方遊説などといって三カ月六カ月のお留守もあり、温泉巡りのそれとは違うのでこの時には甘えることもならず、ただひたすらのご文通である。互いの封筒の中、人には見せられぬ事柄は多かったはず。このラブラブで何故にお子様がない。相連れ添って十年余り、夢にもそんな気配はなくて、上野清水観音堂の木像様に何回むなしいお願いをしたであろう。夫は寂しさのあまり養子を取るかと言うけれども、妻の好みもあるけれども、これも縁のないままである。  落ち葉の朝、霜の朝は深くて、吹く風がじつに身に寒い。時雨の降る夜は女性たちをコタツ部屋に集合させ、世の中の話や読んだ本の話、お笑いキャラの若い娘が何かネタっぽいことを言って、いいなと思うと何かしら褒美をつかわす。人にものをあげることは幼少期からの趣味で、これを父親はとにかくいやがった。一言でいえばお天気体質なのか、心にぐっとくる言葉が一つでもあれば後先考えられずに相手のことが可愛く思えて、人力車夫の茂助の一人っ子の与太郎に、この年明けに夫が初めて着たばかりの斜子織の羽織をつかわされたのも深い理由などないことである。その場の愚痴話で正月の服がございませぬ由を大ざっぱに申したのをそのまま憐れに思っての賜り物だ。茂助は天地に拝礼し、人は鷹の羽根の紋章に意味もなく注目した。だからなんなんだというのでもなくこの...

われから(7/13)恐れていた事が

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(七)  町子は声を立てて笑うようになって、時はあらたまの春になった。けれど美尾は日々、安らかではない面持ちで、時には涙を浮かべることもあり、それを血の道のせいだと自分では言っていた。与四郎はそれほど疑うこともなく、ただこの子の成長のことだけを語って、いつもの洋服姿で立派でない勤務に、手弁当を提げて昨日も今日も出た。  美尾の母親は東京の住まいも物憂く、中途半端な朝夕をおくるのに飽きたので、一つにはあなた達へのお世話の手間を軽減するために、普段からご依頼を受けておりました従三位の軍人大将様が京都にご栄転ということがあり、お屋敷をあちらに建てられたのを機会にそこの女中リーダーとしての勤務が終身の予定で、老後も扶養していただく契約が決まったので、もうこの地にはいません、また来ることがあれば一泊させて下さい、その他のご厄介にはなりませんと言うと、与四郎はそれでも一人の母親であるし、美尾の心細さにも配慮して、あなたもご高齢のことですし、いかに条件が良いといっても他所での勤務という事をさせましては子である我々には申し訳の言葉がない、是非とも思いとどまって下さいと言っても、いやいやそういった事はお前さま昇進のその時に言って下さい、今は聞きませんと言って単身の荷物一式だ。谷中の家には入居者募集のプレートが貼られて船の便でその地へと旅立った。  一か月が過ぎた。黒い雲と暗い月の夕方、与四郎は調べ物の残業があって、家に帰ったのは日没後の八時だった。いつもなら薄暗いランプのもと、風車やおもちゃの犬が散らかって、まだ母親というのも似合わない美尾が胸元をくつろげて幼児に授乳する美しい姿を見るはずだ。格子戸の外から見える燈火はぼんやりとしていて、障子に映る影もない。お美尾お美尾と呼びながら入ると、隣りから返事が聞こえて、今まいりますと言うあいさつは同じだが、言葉は別の人であった。  隣の奥さんが入ってくる。見ると胸には町を抱いている。与四郎は胸騒ぎがして、美尾はどこへ参りました、買い物にでもゆきましたかと聞くと、奥さんは眉を寄せて、ええそのことなんです、そう言って眠りから覚めた胸の中の町がクスリクスリとむずがるのをおおいい子いい子と揺すぶって、言葉を切った。  灯りは私がたったいま点けたのです、本当は今までお留守番をしていたのですが、うちのやんちゃがむつかしやを言うので小言を言おうとして空け...

われから(6/13)サイコパス登場、母の母がヤバすぎた

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(六)  手取り30万はいまだ昇給の気配がなく、そのうえ小さいのが生まれてもの入りがかさんで人手がいるようになったら「あなたたちどうするの」  美尾は体が弱いです。夫を手伝って在宅作業というのも難しいでしょう、三人ですくんで生保者のような生活をするのもあまり評価できるものではないし、何でも良いからどこか探して、今のうちから考えてもう少しお金になる業界に転職しないと、ゆくゆくあなたたちの身の振り方がなくて、だいいち子供を育てることもできないでしょう。  美尾は私の一人娘です。やるからには私の面倒も最後までみてもらいたく、贅沢を言うわけではないけれどお寺巡りのお小遣いくらいは出していただかないと。あげましょうの約束で娘はよこしたのですが、最初からくれるでしょうは横着だよね、どうでもすることの出来んあなたの意気地の無さゆえ、それは諦めたつもりで私は私の口を濡らすだけに、この年をして人様の紹介とかサポートとか、老い恥ながらも仕方のない人生を歩んでおります。それでも当てのない苦労はできぬもの、つくづくあなた方夫婦の働きを見るに、私の手足が動かない時になって何かしらのお世話をお頼み申さねばならぬその時に、月々30万でどうなるの。それを思うと今のうちに覚悟を決めて、多少は互いに辛いことですけれど当分は夫婦別れをして、美尾は子供ごと私の手に預かり、お前さんは独り身になって、公務員様に限らず、ワラジを履いてでもいい一人前の働きをして、人並みの生活ができるように心がけたほうがいいじゃないですかあ、美尾は私の娘なんで私の思うようにならんことはないでしょ、何でもお前さんの考え一つ。  と母親は、美尾の出産を控えて全部面倒見ますとこの家に入り込んで来たくせに何かあれば与四郎のせいにしたので、歯がギシギシ鳴る位に腹が立ってこのババア殺すぞ位には不快だったが、このBBA張り倒すのは簡単だが、尋常でない身体である美尾の心痛があり、ひいては子供にまで及ぶ事もあるだろう一大事だ。だから胸をぐっとおさえて、わたくしといたしましても男のはしくれでござりますれば、妻と子供くらい養えないこともござりますまいし、一生は長うござります。墓に入るまで30万の待遇ではあるまいと思いますので、そのあたりは格別のご心配なく、と見事に言うと、BBAは斑らに残る黒い歯を出して、なるほどなるほど良く立派に聞こえました、そう言っ...

われから(5/13)そうなりましたか

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(五)  与四郎の気持ちは変わらなかった。一日も百年も同じという日々を送っていたが、その頃から美尾のようすはとにかく不審であった。ぼんやりと空を眺めてものの手につかない奇妙さ。与四郎が気を付けて事態を見ると、まるで恋愛に心を奪われた人のようで、お美尾、お美尾と呼ぶと何よと答える言葉の力の無さ、日々はどうでも義務のように送って体はここに心はどこの空をさまようのか、物事の一つ一つが気にかかるが、我が妻を他人に取られて知らないのは夫だけと後ろ指をさされるのも口惜しいので、ホントに本当にそんなのあったらと恐怖の思考までも思い詰めて、美尾の分身になったかのように見守った。  けれどもこれだという証拠もなくて、ただうかうかともの思うようで、ある時しみじみと泣いて言った。お前様、いつまでこれだけの賃金いただいていらっしゃるつもりですか、お向かいの屋敷の旦那様は、昔は大部屋にいた方でしたが自己啓発というのであのご出世で、馬車に乗ってのお姿はどんな髭武者だって立派っぽく見えるではありませんか、お前様も男でしょう、少しでも早くこういった古服にお弁当さげる事をやめて、道を行けば人が振り返るくらいの立派なお人になってください、私に竹の皮包みを持ってきてくださる誠実があれば、お役所帰りに夜学なり何なりして、どうか世間の人に負けんように、いっぱしの偉い方になってください、お願いでございます、私はそのためなら在宅とかもしてお惣菜もののお手伝いはします、お願いしますと心からの涙を流して、この無意味な生計をあげてゆくと、与四郎は自分が愚弄されたんだと思い腹立たしくて、お前のためをの夜学ネタは俺を留守にして自分の快楽を考えたからだと一途にくやしくて、どうせ俺はこんないくじなしだ、馬車とか考えたこともない、今後も人力車引くか分かったものじゃないから今のうちに自分のおさまりどころを考えて利口で仕事のできる、インテリでイケメンで、年も若いのに乗り換えれば一番だろ、向かいの旦那もお前のビジュアル褒めているらしいと聞いたぞと、ロクでもない事をむしかえして、怠け者だなまけものだ、俺はナマケモノの意気地なしだと大の字に寝そべって、夜学などとんでもなく翌日は出勤するのさえ嫌がって、一ミリもお美尾のそばを離れんぞというのだった。  ああ、お前様はなぜそんなに聞き分けてくださらんのと情けなく、互いの気持ちはそわそわとする...

われから(4/13)母に何が起こったか

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(四)  この世に鏡というものがなければ、自分の顔の良いも悪いも知らなくて、分相応に気持は安らかだ。六畳一間に楊貴妃も小野小町もひそませて、美しいエプロン姿で奥ゆかしく日々を送るだろう。淡くただよう女子の心を揺さぶるような他人の称賛に、思わずカアアと赤く上気して、昨日までは放っておいた髪の毛をつやつやと結びあげ、化粧道具を取り上げて見ると、どうだ眉毛も生え続いている。隣りから剃刀を借りて顔をつくってゆく時の気持ち、そもそも見てくれの浮気になって、襦袢の袖も長いのが欲しく、半天の襟の厚手だったところが糸ばかりになったのをさびしがる思い。  与四郎の妻の美尾にしても、一つには世間がそう評価したのだ。ステータスの高さはなくても誠実な夫の心情が嬉しくて、六畳四畳の二間の家を金殿とも玉楼とも承知して、いつだったか四丁目の薬師寺で買ってもらったニッケルシルバーの指輪を、大切そうに白魚のような指に嵌めて、馬の蹄で作った飾り櫛も、本物の鼈甲を世間の人が喜ぶくらいに喜んだものだった。けれど見る人ごとに褒められて、これだけの容貌が埋もれ木とはどうにも惜しいことだ、外に出ている人であるならおそらく、京都島原の花街ナンバーワンの美人ですよ、比較になりませんよとか、言葉には課税されないんだと自分が面白いからと他人の妻を評論するバカ者もいた。豆腐を買うんだとオカモチを下げて表に出れば通りすがりの若者に振り返られ、惜しい女性だよ服装がちょっとなどといってどっと笑われる、思えば絹でなく綿の安い銘仙織地は糸がよれていて、色の褪せた紫の羊毛メリンスの細い帯、月30万待遇の圏外者の妻としてはこれより上の装いなどあるべくもないが、青春の女心にはやるせなく、タガの緩んだオカモチにしたたる豆腐の水なのか、ふと袖先をおさえたのであった。  心がどうにもゆらゆらして、襟元袖口だけが目に入る。  それにそれに、この前の年だった。春雨が晴れたあとの一日、今日しか見られない花の全盛期に、上野から隅田川まで一キロあまりを夫婦連れで楽しく歩いた。普段にはないできるかぎりのビジュアルをつくった。とっておきの一張羅といっても、夫は黒い紬の紋付の羽織、妻は博多の帯を一筋だけ締めた。前日に甘えて買ってもらった黒塗りの駒下駄で、たとえ足裏部分が南部盛岡製のコピーモノであってもそんなの分からないから嬉しくて、お出かけしたのだった。  ...