われから(6/13)サイコパス登場、母の母がヤバすぎた

(六)


 手取り30万はいまだ昇給の気配がなく、そのうえ小さいのが生まれてもの入りがかさんで人手がいるようになったら「あなたたちどうするの」



 美尾は体が弱いです。夫を手伝って在宅作業というのも難しいでしょう、三人ですくんで生保者のような生活をするのもあまり評価できるものではないし、何でも良いからどこか探して、今のうちから考えてもう少しお金になる業界に転職しないと、ゆくゆくあなたたちの身の振り方がなくて、だいいち子供を育てることもできないでしょう。

 美尾は私の一人娘です。やるからには私の面倒も最後までみてもらいたく、贅沢を言うわけではないけれどお寺巡りのお小遣いくらいは出していただかないと。あげましょうの約束で娘はよこしたのですが、最初からくれるでしょうは横着だよね、どうでもすることの出来んあなたの意気地の無さゆえ、それは諦めたつもりで私は私の口を濡らすだけに、この年をして人様の紹介とかサポートとか、老い恥ながらも仕方のない人生を歩んでおります。それでも当てのない苦労はできぬもの、つくづくあなた方夫婦の働きを見るに、私の手足が動かない時になって何かしらのお世話をお頼み申さねばならぬその時に、月々30万でどうなるの。それを思うと今のうちに覚悟を決めて、多少は互いに辛いことですけれど当分は夫婦別れをして、美尾は子供ごと私の手に預かり、お前さんは独り身になって、公務員様に限らず、ワラジを履いてでもいい一人前の働きをして、人並みの生活ができるように心がけたほうがいいじゃないですかあ、美尾は私の娘なんで私の思うようにならんことはないでしょ、何でもお前さんの考え一つ。

 と母親は、美尾の出産を控えて全部面倒見ますとこの家に入り込んで来たくせに何かあれば与四郎のせいにしたので、歯がギシギシ鳴る位に腹が立ってこのババア殺すぞ位には不快だったが、このBBA張り倒すのは簡単だが、尋常でない身体である美尾の心痛があり、ひいては子供にまで及ぶ事もあるだろう一大事だ。だから胸をぐっとおさえて、わたくしといたしましても男のはしくれでござりますれば、妻と子供くらい養えないこともござりますまいし、一生は長うござります。墓に入るまで30万の待遇ではあるまいと思いますので、そのあたりは格別のご心配なく、と見事に言うと、BBAは斑らに残る黒い歯を出して、なるほどなるほど良く立派に聞こえました、そう言ってくれれば分かりますよ、さすがは男一匹、その位の考えは持っていてくれるでしょうね、なるほどナルホドとクソつまらん頷きをするウザさである。美尾はおかあさんそんなことは言ってくださいますな、うちの人の機嫌を悪くしても困ります、とオロオロすると与四郎は心を奮い立たせた「バカババア」

 どうやって別れさせようとしても美尾は俺のものだ、親の指図だからといって距離を置くような心無いことするわけないだろ、しかも今から可愛いものさえ来てくれるというのだ、二人の関係は万々歳だ、と天を踏み轟かす雷神のごとく高々と言葉を切って、BBAを眼下に見下ろして、別れぬものと自分一人で決定した。


 十月中旬の十五日、与四郎の退勤直前に、安産で女の子が生まれた。男、と願っていたそれとは違っても、可愛さはどこに違いがあるだろうか。ああお帰りかと母親が出迎えて、さすがに初孫の嬉しさは頬のあたりの皺にも著しく、これ見てください、なんといい子ではないか、このまあ赤いことと示されて、今更ながらまごまごと嬉しく、手を差し出すのもどうにも恥ずかしいので母親に抱かせたままでさし覗いてみた。

 誰れに似たのか彼れに似たのか、その区別も思いつかないが、何とは分からず奇妙にかわいくて、その泣く声は昨日まで隣りの家に聞いていたのと同じものには思えずに、さすがに危うく思ったこともこうして終わったかと重荷が降りたように感じて、では産婦の様子はどうかと覗いてみると、高枕を敷いた鉢巻きに乱れ髪の姿、痛ましいまでにやつれているがその美しさは神々しいようであった。

 七夜だ、枕直しだ、宮参りだと、ただ慌ただしく過ぎた。子供の名前は紙に書きつけてウブスナ神の前におみくじのようにして引いた。常緑のマツ、タケ、仙境ホーライのツル、カメ、といったものは探り当てもせず、与四郎がとりあえずの練習のようにして、こういう名前も呼びやすいものだと書いて入れておいた「町」というのを引き出したのだった。女性は容貌が良くて人々の愛を受ければ幸運この上もないものだから、小野のそれではないがお町は美しい名前だと家内は盛り上がり、マチよ、マチよと手から手へと渡った。

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