大つごもり(全編)
大つごもり
樋口一葉
(上)
井戸は車式で綱の長さは20メートルある。勝手口は北向きで年末の空のからっ風がひゅうひゅうと吹き抜けるその寒さ、おお耐えられんとかまどの前で火にあたるその一分は一時間に伸び、木切れ程度のことも大ごとにして叱り飛ばされる、現場女子の身は辛い。
はじめに派遣元でおばさまが言うことでは、お子さんは男女六人、けれどいつも住まいにいらっしゃるのはご長男と末のお二人、少し奥様は気分屋だが、目色顔色を承知してしまえば大したこともなく、結局はおだてに乗る質なので、お前の出方一つで半襟半掛け前垂れの紐にもこと欠かないはずだ。ご身代は町内一番で、その代わり節約も右に出るものはないが、良いことには大旦那が甘い方なので、多少の帆待ちもないではないはずだ。
いやになったら私のところまで葉書を一枚よこせ、細かい事はいらない、他の口を探せというなら足は惜しまない、とにかく奉公の秘伝は裏表だ、と言って聞かされて、じつに恐ろしいことを言う人だと思ったが、なにごとも自分の心ひとつだ、再びこの人のお世話にはなるまい、お勤めを大事にして骨を折ればお気に召さないこともないはずだと決めたはずが、このような鬼の主人を持つことになろうとは。
対面が済んで三日後、七才になるお嬢様が踊りのおさらいに午後からとある。その準備は朝湯で磨き上げてと霜凍る夜明け前、暖かい寝床の中から奥様は灰吹きを叩いて「これこれ」と言う。それが目覚まし時計よりも胸に響いて、三回も呼ばれないうちにたすきがけで甲斐甲斐しく、井戸端に出ると月の影が流しに残り、肌を刺すような風の寒さに夢を忘れる。風呂は据え風呂で大きくはないが、二つの手桶に溢れるくらい汲んで、十三回は入れなくてはならない。
大汗になって運んでいるうちに、輪宝のすがった曲がり歯の水履き下駄の、前の鼻緒がユルユルになって、指を浮かさないとしょうがないようになって、その下駄で重いものを持っているから足元が頼りなくて流し元の氷で滑り、あれと言う間もなく横に転ぶと井戸の脇でむこうずねを思い切り打って、雪も恥じらう可愛い肌に紫色が生々しくなった。
手桶もそこに投げ出してしまい一つは無事だったが一つは底抜けになった。これの値段がどれほどか知らないが、全財産がこのために潰れるかのような奥様の額の青筋が恐ろしくて、朝食の給仕の時からにらまれて、その日一日はものもおっしゃらず、一日経ってからは箸の上げ下ろしに、この家の品物は無料ではない、主人のものだといって「粗末に思ったらばちが当たるぞえ」と明けても暮れても説教をされ、来る人ごとに告げられて若い心には恥ずかしく、その後は物事に念を入れて、ついに粗相をしないようになったのだ。
世間に下女を使う人も多いけど、山村ほど下女が替わる家はないであろう。月に二人はいつものことで、三日四日で帰ったこともあれば一晩居て逃げ出したこともあった。開闢以来を聞いたら折る指にはあの奥様の袖口が思われる。思えばお峰は辛抱者だ、あれに酷く当たれば天罰はたちどころ、そのあとは東京広しと言えども山村の下女になるものはいないだろう、感心なものだ、美しい心がけだと褒める者もいるし、第一器量が申し分なしだと、男はまずこれを言うのだった。
秋からたった一人の伯父がわずらって、商売の八百屋の店もいつのまにか閉じて、同じ町でも裏屋住まいになったことは聞いているものの、難しい主を持つ身で給料を先に貰えばこの身は売ったも同然で、見舞いにということもできずに不本意だが、お使い先での少しの間でも時計を目当てにして幾足幾町をそのしらべの苦しさ、抜け出しても、とは思うが悪事千里となればせっかくの辛抱を無駄にして、退職ともなったらいよいよ病人の伯父に心配をかけ、やせ世帯には一日の厄介でも気の毒だ。そのうちにはと手紙ばかりを送って、自身はここで心ならずも日を送っている。
年末の月は世間一般にもの忙しい中をことさらに選んで綺羅を飾り、一昨日出揃ったというその芝居狂言も折から面白い新作で、これを見逃してはと娘たちが騒ぐので見物は十五日、珍しく家じゅうでとのお触れが出た。普段ならこのお供を嬉しがるところだが、父母なきあとはただ一人の大切な人が病の床にあるのを見舞うこともせずに物見遊山に歩くべき身ではない、ご機嫌を損ねたらそれまでだと遊びの代わりの休暇を願ったところ、さすがに日頃の勤めぶりもあり、一日過ぎての次の日に、早く行って早く帰れといかにも気ままな仰せにありがとう存じますと言ったのも忘れて、やがては車の上で小石川はまだかまだかともどかしがるのだった。
初音町といえば魅力的だが「世をうぐいす」が「憂く居す」の貧乏町であろう。正直安兵衛といって神はこの頭に宿りたもうべき大やかんの額際がぴかぴかとして、これを目印に田町から菊坂あたりにかけて茄子大根の御用も務めていた。薄い元手を折り返すなら、その時々で値段が安くて量のあるものよりほかは棹なき船に乗り合いのきゅうり、特に松茸の初物などは持たず、八百安の物はいつも帳面につけたようなと笑われるが、ひいきはありがたいもの、まがりなりにも親子三人の口を濡らして、三之助といって八つになるのを五厘学校に通わせるほどの務めも果たしたが、世の秋つらし九月の末の、にわかに風が身にしみるという朝に、神田に買い出して荷を我が家まで担ぎ入れるとそのまま、発熱に続いて骨病みが出てしまった。三ヶ月越しの今日まで商売はともかく、次第に食べ減らして天秤まで売る始末となると表店の生計は立ちがたく、月五十銭の裏屋で人目を気にする身ではなく、また機会があればというので引っ越しも大変で車に乗っているのは病人ばかりで、片手に足らない荷物をまとめて同じ町の隅に隠れたのだ。
お峰は車から降りてそこここと訪ねるうちに、凧紙風船などを軒に吊るして子供を集める駄菓子屋の門に、もしかして三之助が混じっているかと覗くが、影も見えないのにがっかりして思わず往来を見ると、自分からは向い側をやせぎすの子供がやかんを持ってゆく後ろ姿が、三之助よりは背も高くやせ過ぎているとは思うが、様子が似ているのでつかつかと駈け寄って顔をのぞくと「やあ姉さん」「あれ三ちゃんだったか」これはいいところでと付き添われてゆくと、酒屋と芋屋の奥深くへ溝板をがたがたといわせて薄暗い裏に入り、三之助は先に走って、ととさん、かかさん、姉さんを連れて帰ったと門口から呼んだ。
なにお峰が来たのかと安兵衛が起き上がると、妻は内職の仕立物に余念のない手を止めて、まあまあこれは珍しいと手を取らんばかりに喜ばれる。
見れば六畳一間に一間の戸棚ただ一つだ。たんすや長持はもともとあるような家ではなかったが、前に見た長火鉢の影もなく、今戸焼の四角なのを同じ形の箱に入れて、これがそもそもこの家の道具らしいものだ。聞けば米びつもないという。
なんと悲しいなりゆきか、師走の空に芝居を見る人もあるというのにとお峰はとにかく涙ぐまれて、まあまあ風が冷たいから寝ておいでください、と堅焼きのような薄い布団を伯父の肩に着せて、さぞさぞ沢山のご苦労がありましたろう、伯母様もどこかやせが見えますね、心配のあまりわずらわないで下さい、それでも日増しに良い方でござんすか、手紙で様子は聞くけど見なければ気にかかって、今日のお暇を待ちに待ってようやくのことで、なに家などはどうでもようござります、伯父様が全快になれば表店に出るのもわけのないことなんですから、一日も早く治ってください、伯父様に何かと思いましたが、道は遠い心は急ぐ、車屋の足がいつもより遅いように思われて、ご好物の飴屋の軒も見落としました、これは少しですが私の小遣いの残りです、麹町のご親類からお客があったとき、そのご隠居様に寸白が起こってお苦しみだったので、夜を徹してお腰をもんでいたら、前垂れでも買えといってくだされたんです、それやこれやお家は堅いけど他所からのお方がひいきにしてくださって、伯父さま喜んでください、勤めにくくもござんせぬ、この巾着も半襟もみな頂きものです、襟は地味なので伯母さま掛けてください。巾着は少し形を変えて三之助のお弁当の袋にちょうどいいとか、それでも学校へは行きますか、お清書があるなら姉にも見せてとそれからそれへと言う事が長いのだ。
七才の年に父親が得意先の倉庫作業で、足場を登って中塗りのこてを持ちながら下にいる者になにか伝えようと振り向いた途端に、暦では黒星の仏滅とでもいう日であったか、長年慣れていた足場を間違えて、落ちたも落ちたも下は敷石に改修中のところがあって、掘り起こして積み立てた切り角に頭を思い切り打ち付けてしまったから仕方がない、あわれ四十二の前厄だと人々はあとで恐ろしがった。
母は安兵衛の姉妹なのでここに引き取られて、これも二年ののちに流行り風邪がにわかに重くなって亡くなってしまい、あとは安兵衛夫婦を親として、十八の今日までその恩は言うにおよばず、姉さんと呼ばれれば三之助は弟のように可愛くて、ここへここへと呼んで背を撫で顔をのぞいて、さぞ父さんが病気で淋しく辛かろう、お正月もじきに来るから姉がなんでも買ってあげますぞえ、母さんに無理を言って困らせてはなりませぬと教えると、困らせるどころか、お峰聞いてくれ、年は八つだけど体も大きく力もある、わしが寝てからは稼ぎ手なしで費用は重なる、四苦八苦を見かねたのか、表の藍物屋の野郎と一緒にしじみを買い出して来ては足のおよぶかぎり担いで回り、野郎が八銭売れば十銭の商いは必ずある、一つは天道様が奴の孝行を見通してか、兎にも角にも薬代は三の働きだ、お峰ほめてやってくれと言って、父は布団をかぶって涙に声を絞った。
学校は好きでも好きでもついに世話を焼かせたことがなく、朝飯を食べると駆け出して三時の下校に道草でいたずらもしたことがなく、自慢ではないけど先生からも褒められ者の子を、貧乏なればこそしじみを担がせて、この寒空に小さな足に草履を履かせる親の心、察して下されと言って伯母も涙だ。
お峰は三之助を抱きしめて、それはそれは世間に無類の親孝行だ、大柄といっても八つは八つ、天秤を肩にして痛みはしないか、足に草履くいはできていないかい、堪忍してくだされ、今日からは私も家に帰って伯父様の介抱暮らしの助けもします、知らないこととはいえ今朝まで釣り瓶の縄の氷を辛がったのはもったいない、学校ざかりの年にしじみを担がせて姉が長い着物を着ていられようか、伯父さま暇を取ってください、私はもう仕事はやめますと取り乱して泣いた。
三之助はおとなしく、ほろりほろりと涙がこぼれるのを見せまいとうつむいている肩のあたり、針目もあらわに布が破れてこれに担ぐのかと見る目にも辛い、安兵衛はお峰が暇を取ろうと言うとそれはもってのほかだ、気持ちは嬉しいが帰ってからが女の働きだ、それだけでなくご主人には給料の前借りもあり、それっと言って帰れるものではないのだから、初仕事が肝心だ、辛抱ができなくて戻ったと思われてもいけないから、ご主人大事で勤めてくれ、自分の病いも長くはないはずだ、少し良くなれば気も張り弓だから引き続いて商売もできる道理だ、ああもう半年の今年が過ぎれば新年には良い事も来るはずだ、なにごとも辛抱辛抱、三之助も辛抱してくれ、お峰も辛抱してくれと言って涙を納めた。
珍しいお客さんにごちそうはできないが、好物の今川焼き、里芋の煮ころがしなど、たくさん食べろと言う言葉が嬉しくて、苦労はかけないぞと思うが、見す見す大みそかに迫った家の難儀。
胸につかえる病いは癪ではないがそもそも床についた時、田町の高利貸しから三か月更改ということで50,000円借りたが、7,500円は天利ということで手に入ったのは42,500円で、九月の末からなので今月はどうしても約束の期限なのだが、この中でなんとなるものか。額を合わせて話し合いの妻は人からの仕事に指先から血を出して日に500円の稼ぎも出来ず、三之助に聞かせても仕方がない。
お峰の主人は白金台の地所に賃貸ものの百件も持っていて不労所得ばかりなのでいつもキラ美しく、自分はお峰への用事があって門まで行ったが一億ではできないであろう土蔵の普請、うらやましい富貴を見た、その主人に一年の馴染みなら、気に入った奉公人の少々の無心を聞かないとは申されないはず、この月末に書き替えを泣きついて、残りの15万円をここに払えばまた三月への繰り延べにはなる、こう言えば欲に近いが、大道餅を買っただけで三が日の雑煮の箸を持たせないとは出世前の三之助に親がいる意味もない、みそかまでに金20万円、言いにくいけれどもこの調達を頼みたいという由を言い出すとお峰はしばらく考えて「よろしゅうござんす確かに請け合いました」
難しければお給料の前借りにするなりでお願いしましょう、見る目と家の中は違っていてどこでも金銭の門は開きにくいけど、多くではないしそれだけでここがなんとかなるならば、訳を聞いて嫌とはおっしゃらないでしょう、それにしてもやり方を失敗してはいけないので、今日はわたしは帰ります、またの里帰りはいずれまたですね、その頃にはみんなでうち寄って笑いたいものです、と言ってこれを請け合ったのだった。
お金はどうやって送るか、三之助を受け取りにやろうかと言われて、ほんにそれでござんす、いつもそうなのに大みそかとなればわたしの体に空きはないでしょう、道が遠くて可愛そうだけど、三ちゃんをお願いします、お昼前のうちに必ず必ず用意はしておきますからと言って、首尾よく請け合ってお峰は帰った。
(下)
石之助という山村の長男息子は、母が違うので父親の愛も薄く、これを養子に出して家督は妹娘の中からという相談を、十年の昔から耳にはさんで面白くなく、今の世の中で勘当ができないとはおかしいが、思うままに遊んで母の泣きをと父親のことは忘れて、十五の春から不品行を始めた。
男振りに苦味があって利発らしい眼差しで、色は黒いが良い様子だと近隣の娘達の噂も聞こえるが、ただ乱暴一途で品川色街にも足は向くが騒ぐのはそのときだけで、夜中に車を飛ばして高輪車町のプーの部屋を叩き起こし、それ酒買え肴と、財布の底をはたいて無理を通すのが道楽だ。とてもではないがこれに相続とは油蔵に火を入れるようなもので、身代煙となって消え失せる、我々はどうする、残りの兄弟も不憫だと母親が父に讒言すること絶え間なく、だからといってこの放蕩児を養子にと申し出てくれる人などこの世にはあるまい、とにかくは有り金のいくらかを分けて若隠居の別戸籍に、と内々の相談は決まったのだが、本人はうわの空で聞き流してその手に乗らず、分配金は一万、隠居扶持を月々おこして遊興に関を置かず、父上亡くなれば親代わりの俺だ、兄上と捧げてかまどの神の松一本も我が託宣を聞く心ならばいかにもいかにも別戸のご主人になって、この家のために働かないのは自由だ、それでよろしければ仰せの通りになりましょう、とどうにもいやがらせを言って困らせるのだった。
去年にくらべて物件も増えた、収入は倍になったと世間の口から我が家の様子を知って、おかしやおかしや、そんなに増やして誰のものにする気だ、火事は灯油皿から出るものではないか、長男を名乗る火の玉が転がるとは知らないか、いずれ巻き上げて貴様たちに好き正月をさせるぞと、高輪伊皿子(いさらご)あたりの貧乏人を喜ばせて大みそかを当てにした爆飲みの場所も決めていた。
それ兄様のお帰りだと言えば妹達は怖がって腫れ物のようにしてさわる者がなく、何事も言いなりが通るので一段とわがまま増長させ、こたつに両足を入れて酔いざめの水を水をとやりたい放題ここに極まる。憎いと思うがさすがに義理は辛いものだ、母親は陰の毒舌を隠して風邪を引かないように半てん布団など何不自由なく、枕まであてがって明日の準備のむしり田作り、他人に頼むと粗末になるものだと聞こえよがしの倹約を枕元で周知するのだった。
正午が近づくとお峰は伯父への約束が心もとなく、奥様のご機嫌を見計らう時間もないので、わずかな手すきに頭の手拭いを丸めて、このほどお願いいたしますのは、折からお忙しいところ申し訳ございませんが、今日の昼過ぎに先方へ約束している厳しいお金というもの、お助けをお願いできますれば伯父の幸せ私の喜び、いついつまでも御恩に着ますと言って手を擦って頼む、最初言い出した時はあやふやながら結局良しとあった言葉を頼りに、またの時の機嫌が悪くてうるさがらせるとかえってどうなのかと今日までは我慢していたが、約束が今日だという大みそかの昼前に、忘れたのか何とも仰せのない心もとなさ、自分には身に迫った大事だと言いにくいのを我慢してこうですがと申し上げる。
奥様は驚いたような呆れ顔をして、それはまあなんのことやら、なるほどお前の伯父さんの病気、続いて借金の話も聞きましたが、今がいま私の家から立て替えようとは言わなかったはず、それはお前の何かの間違い、私には少しも覚えのないこと、とこれがこの人の得意技と、どうもこうも情けないではないか。
花紅葉麗しく仕立てた娘たちの春着の小袖、襟を揃えて裾を重ねて眺めて眺めさせて喜ぼうというのに邪魔者の兄の見る目がうるさく「早く出てゆけ直ぐ帰れ」と思う思いは口にこそ出さず持ち前の癇癪しても耐えがたく、偉いお坊様の目でご覧になったら炎に包まれて身は黒煙に心は狂乱というこのタイミング。言う事も言う事「金」は逆効果だぞ。請け合ったのは今のこの自分に覚えはあるがそれを嫌だといって何か。おおかたお前の聞き間違いだと断じ切って、煙草を輪に吹き「私は知らない」と済ませたの。
ええ大金でもないだろう、金なら一万、しかも口から承知しておきながら十日とたたないうちに呆けなさることはないはずだ、あれあの手さげ金庫の引き出しにも、これは手つかずの分と一束がある、五万か十万か皆とは言わないただ一万で伯父が喜び伯母が笑顔、三之助に雑煮の箸も取らせられると言われたのを思っても、どうしても欲しいのはあの金だ、恨めしいのは奥様とお峰は口惜しさにものも言えず、常々おとなしい彼女は理屈詰めにやり込めるすべもなく、すごすごとお勝手に立つと正午の合図「ドン」の音がデカい。こんな時にはもうこれ胸に響くものだよ。
「お母様にすぐさまおいで下さるよう」今朝からのお苦しみで、潮時は午後、初産なので旦那はとりとめもなくお騒ぎなさって、お年寄りのない家なのでその混乱はお話にならず、今の今おいでをと、生死の分れ目という初産に芝西應寺の娘の婚家から迎えの車で、これは大みそかといっても遠慮のないものだ。家の中には金もあり、野良どのが寝てはいる、心は二つ、分けられない体なので恩愛の重さに引かれて車には乗ったがこんな時に気楽な夫が心憎く、今日あたりに沖釣りでもないだろうと太公望の張り合いない人をつくづく恨んで奥様はお出になった。
行き違いに三之助が来た。ここだと聞いていた白金台町を間違いなく探し当てて、我が身のみすぼらしさに姉の肩身を思いやり、勝手口からこわごわのぞくと誰か来たのかとかまどの前に泣き伏しているお峰が涙を隠して見い出せばこの子だ。おお良く来たとも言えない状況をどうするというのか。姉さま入っても叱られはしませんか、約束のものは持っていけますか、旦那や奥様によくお礼を申してこいと父さんが言いましたと、事情を知らないから喜びの顔つきに、まずまず待ってください少し用もあってと駆けていって内外を見回すと、お嬢様たちは庭に出て羽根突きに集中で、小僧どんはまだお使いから帰らず、お針は二階でしかも聴覚不自由者なので問題はなく、若旦那はと見ると居間のこたつで今まさに夢の真っ最中だ。
お願いします神様仏様、わたしは悪人になります、なりたくはないがならねばなりません、罰をお当てになるならわたし一人、言っても伯父や伯母は知らない事なのでお許しください、もったいないですがこのお金を盗ませてくださいと、すでに見ておいた金庫の引き出しから、束の中から二枚だけ、つかんだあとは夢とも現実とも分からず、三之助に渡して帰したその一部始終を、見た人がいないと思うのは愚かである。
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その日も暮れ近くなり旦那は釣りからニコニコと帰られると、奥様も続いて安産の喜びで送りの車夫にも愛想が良く、今夜が終わればまた見舞います、明日は早めに妹たちの誰でも一人は必ず手伝いはすると言ってください、さてさてご苦労とろうそく代などをやって、やれ忙しい誰かヒマな体を半分借りたいものだ、お峰小松菜は茹でておいたか、数の子は洗ったか、大旦那はお帰りになったか、若旦那はとこれは小声で、まだと聞いて額に皺を寄せた。
石之助はその夜にはおとなしくて、新年は明日からの三が日だが、我が家で祝うはずなのにご存知のだらしなしで堅苦しい袴姿の挨拶も面倒だ、意見もほんと聞き飽きた、親類の顔にきれいなものもないので見たいと思う気持ちもなく、裏屋の友達のところで今晩約束もあるので一足先に失礼としていずれゆっくりと頂戴の数々は願います、おりからおめでたい矢先にお歳暮にはどれだけ下さいますか、と朝から寝込んで父の帰りを待っていたのはこれである。子は三界の首枷というが、まったく野良を子に持つ親ほど不幸なものはない。切られない縁の血筋といえばあるだけのいたずらをことごとくして瓦解の暁に落ち込むのはこの淵で、知らないといっても世間が許さないので、家の名は惜しく我が顔は恥ずかしいので惜しい蔵でさえ開くのだ。それを見込んで石之助は、今夜が期限の借金がある、人の受けに立って判を押したのもあるので、花見のむしろに狂風一陣、ろくでなし仲間にやるものをやらないとこの収まりは難しくて、自分は仕方がないのだがお名前に申し訳ないなど、つまりは金が欲しいのだ。母は大方こんなことと今朝からの懸念を疑わず、いくらとねだるか、ぬるい旦那殿の処置が歯がゆいと思うが、自分も口では勝てない石之助の弁舌に、お峰を泣かせた今朝とは変わって父の顔色はどうかとばかり時々見ると尻目おそろしい。
父は静かに金庫の部屋に立ったがやがて五十円束を一つ持ってきて、これはお前にやるのではない、まだ縁付かない妹たちが不憫だ、姉の夫の顔にもかかる、この山村は代々堅気一方に正直律儀を真っ向にして、悪い噂を立てられたこともないはずだが、天魔の生まれ変わりかお前というワルができて、ないあまりの無分別で人のふところでも覗くようになっては恥は我が一代にとどまらず、重いといっても身代は二の次だ、親兄弟に恥をかかせるな、お前にいっても甲斐はないが尋常なら山村の若旦那ということで不要な世間の悪評も受けず、俺の代わりの年齢で多少の労でも手伝うはずが、六十に近い親に泣きを見せるとは罰当たりではないか、子供の頃には本の少しも覗いたやつになぜこれが分かっていない、さあ行け帰れ、どこへでも帰れ、この家に恥は見せるなと言って父は奥深く入って、金は石之助のふところに入った。
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お母様ごきげんよう良い新年をお迎えなさいませ、それでは参りますと暇乞いをわざとうやうやしく、お峰下駄を直せ、お玄関からお帰りではないお出かけだぞと図々しく大手を振って、行き先はどこか、父の涙は一夜の騒ぎで夢となってしまうのか、持ってはいけないのは放蕩息子、持ってはいけないのは放蕩を仕立てる継母なのか。
塩こそ撒かないがあとはひとまず掃き出して若旦那が退散した喜び、金は惜しいが見る目も憎いから家にいないのは上々だよ、どうすればあのように図太くなれるか、あの子を産んだ母さんの顔が見たい、と奥様は例によって毒舌を磨く。
お峰はこの出来事もどうして耳に入ろうか、犯した罪の恐ろしさに、自分なのか他人なのか、さっきの仕業はと今になって夢路をたどり、考えてみればこの事が知られずに済むものか、万の中にある一枚といっても数えれば目の前にあるのを、願った額に相応の数が手近なところにないということになれば自分にしても疑いはどこに向けられるか、調べられたらどうしよう、どう言おう、言い逃れるのは罪が深くなる、白状すれば伯父の上にもかかる、自分の罪は覚悟の上だけど、もの堅い伯父様にまで濡れ衣を着せて、干されないのは貧乏だからこんなこともするものと人が言いはしないか、悲しいどうしたらいいのか、伯父様に傷がつかないように自分が頓死する方法はないかと、目は奥様の立ち居にしたがって、心は手さげ金庫のところをさまようのだった。
総決算だということでこの夜あるだけの金をまとめて封印するということがあり、奥様はそれそれと思い出して、手さげ金庫に先ほど、屋根屋の太郎に貸付の戻りであれがニ十ございました、お峰お峰、金庫をここへと奥の間から呼ばれて、もはやこの時だわたしの命は無いもの、大旦那のお目通りで始めからの事を申し、奥様の無情さをそのまま言ってのけて術もなく法もない正直は我が身の守り、逃げもせず隠れもせず欲しくないが盗みましたと白状はしましょう、伯父様が仲間でないことだけをどこまでも述べて、聞いてもらえなければ仕方がないその場で舌を噛み切って死んだなら、命に代えて嘘とはお思いにならないはずだ。そこまで度胸がすわっても奥の間に行く心は屠殺場の羊であった。
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お峰が引き出したのはたった二枚で、残りは十八あるはずが、どうしたことか束ごと見えないと言って底を返して振ってもその甲斐がなく、あやしいのが落ち散った紙切れにいつしたためたのか受け取りが一通ある。
(引き出しの分も拝借いたしました 石之助)
さては野良かと人々は顔を見合わせてお峰の詮議はなく、孝の余徳が我知らず石之助の罪になったのか、いやいや知ってついでに被った罪かもしれず、それなら石之助はお峰の守り本尊ではないか。その後が知りたいところだ。
明治27年12月『文学界』
明治29年2月『太陽』再掲載

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