たけくらべ(十〜十三)雨
十
祭りの夜は田町の姉のところへ使いを言いつけられていて、夜の更けるまで我が家に帰らなかったので筆屋の騒ぎは夢にも知らなくて、次の日になって丑松や文次その他の口からこれこれだったと伝えられると、今更ながら長吉の乱暴に驚いたが済んだことであれば咎め立てをするのも意味がなく、自分の名を借りられたことだけはつくづく迷惑に思われて、自分がしたことではないが人々への気の毒を身一つに背負ったような気持ちがあった。
長吉も多少は自分のやりそこないを恥ずかしく思うのか、信如に会えば小言も言われるだろうとその三四日は姿も見せなくて、ややほとぼりが冷めた頃に信さんお前は腹が立つか知らないけど時の拍子だから堪忍しておいてくんな、誰もお前正太の空き巣とは知らないはずじゃないか、何も女郎の一匹くらい相手にして三五郎を殴りたい気もなかったが、提灯を振り込んでみればただも帰れない、ほんの景気付けにつまらないことをしてのけた、それは俺がどこまでも悪いさ、お前の言いつけを聞かなかったのは悪いだろうけど、今怒られてはかた無しだ、お前という後ろ盾があるから俺らは大船に乗ったようなのに、見捨てられちまっては困るだろうじゃないか、嫌だといってもこの組の大将でいてくんねえ、こんなどじばかりは組まないから、と面目なさそうに謝られてしまうとそれでも私は嫌だとも言いにくくて、仕方がないやるところまでやるさ、弱い者いじめはこちらの恥になるから三五郎や美登利を相手にしても仕方がない、正太に末社がついたらその時のことだ、決してこちらから手出しをしてはいけないと留めて、そこまで長吉を叱り飛ばすわけでもないがもう喧嘩はないようにと祈る気持ちだった。
罪のない子といえば横町の三五郎である。思うさま叩かれ蹴られてその二三日は立っているのも苦しく、夕暮れごとに父親の空車を五十軒の茶屋の軒まで運ぶときですら、三公はどうしたんだ、ひどく弱っているようだなと顔見知りの台屋にとがめられるほどだったが、父親はお辞儀の鉄といって目上の人に頭を上げたことがなく、廓の旦那はいうまでもなく大家様地主様、いずれのご無理もごもっともと受けるたちなので、長吉と喧嘩してこれこれの乱暴にあいましたと訴えたとしても、それはどうも仕方がない大家さんの息子さんではないか、こちらに理があろうが先が悪かろうが喧嘩の相手になるということはない、侘びてこい侘びてこい途方もない奴だと我が子を叱りつけて、長吉のところへ謝りにやられること必定であるから、三五郎は口惜しさを噛み潰して七日十日と時間が経つうちに、痛いところが治るとともにその恨めしさもいつしか忘れ、頭の家の赤ん坊のお守りをしてニ銭の駄賃を喜んで、ねんねんよ、おころりよ、と背負い歩くざまだ。年はと聞けば生意気盛りの十六にもなりながらその図体を恥じるところもなく、表町にものこのこと出かけるといつも美登利と正太のいじりものになって、お前は根性をどこへ置いてきたとからかわれながらも遊びの仲間からは外れないのだった。
春は桜の賑わいからかけて、伝説の遊女玉菊に捧げる燈籠の七月、続いて秋の新仁輪加には十分間に車の飛ぶ事がこの通りだけで七十五台を数えたが、歌舞伎顔見世に続くニの替わりの舞台さえいつしか過ぎて、赤とんぼが田んぼに乱れ横堀にうずらが鳴く頃も近づいた。朝夕の秋風は身にしみわたって上清の店の蚊遣香は懐炉灰に席を譲り、石橋の田村屋の粉を挽く臼の音は寂しく、角海老の時計の響きもどこかあわれの響きを伝えるようになると、四季を通じて絶え間ない日暮里の火の光もあれが人を焼く煙かとうら悲しくて、茶屋の裏をゆく土手下の細道に落ちかかるような三味線の音を仰いで聴くと、中之町芸者の冴えた腕で「君が情けの仮寝の床に」という何でもないひと節も哀愁が深く、この時節から通い始めるのは浮かれ浮かれる遊び客じゃなくて、身にしみじみと実のあるお方なのだ、と遊女出身のある女性が言った。
このごろのことは書くのもくだくだしい。大音寺前で珍しいことは盲目按摩の二十くらいの娘が、かなわぬ恋に不自由なその身を恨んで水の谷の池に入水したのを新しいことだといって伝えるくらいなもので、八百屋の吉五郎と大工の太吉がさっぱり姿を見せないがどうかしたのかと聞くとこの一件であげられました、と顔の真ん中に指をさして、詳しいこともなく取り立てて噂をする者もいない。大通りを見渡すと罪なき子の三五が人の手を引いてひいらいた開いた何の花が開いたと、無心に遊ぶのも自然と静かで、廓に通う車の音だけがいつもと変わらず勇ましく聞こえた。
秋の雨がしとしとと降るかとおもえばさっと音がして運ばれてくるような淋しい夜、通りすがりの客を待たない店なので筆屋の妻は宵のころから表の戸を立てて、中に集まったのはいつもの美登利と正太郎、その他に小さな子供が二三人寄って小さな巻貝でおはじきをする、キサラはじきという幼なげなことをして遊んでいると、美登利がふと耳を立てて、あれ誰か買物に来たのじゃないか溝板を踏む音がすると言うと、おやそうか、おいらはちっとも聞かなかったと正太もちゅうちゅうたこかいなの手を止めて、誰か仲間が来たのではないかと喜んでいると、門にある人はこの店の前まで来ていた足音が聞こえていただけでそこからはふっと絶えて、音も沙汰もない。
十一
正太はくぐりを開けて、ばあと言いながら顔を出すと、人が二三軒先の軒下をたどって、ぽつぽつと行く後影、誰だ誰だ、おいお入りよと声を掛けて、美登利の下駄を突っ掛け履きにして、降る雨をいとわず駆け出そうとしたが、あああいつだと一言、振り返って、美登利さん呼んだところで来はしないよ、一件だもの、自分の頭を丸めてみせた。
信さんかえ、と受けて、嫌な坊主ったらない、きっと筆か何か買いに来たんだけど、私達がいるもんだから立ち聞きをして帰ったんであろう、意地悪の、根性曲がりの、ひねっこびれの、どもりの、歯っ欠けの、嫌なやつめ、入ってきたら散々にやってやるものを、帰ったのは惜しいことをした、どれ下駄をお貸し、ちょっと見てやる。
そう言って正太に替わって顔を出せば軒の雨だれが前髪に落ちて、おお気味が悪いと首を縮めながら四五軒先のガス燈の下を大黒傘を肩にして少しうつむいているらしく、とぼとぼと歩む信如の後ろ影、いつまでも、いつまでも、いつまでも見送っていると美登利さんどうしたの、と正太は怪しがって背中をつついた。
どうもしない、と気のない返事をして上へあがって巻貝を数えながら、本当に嫌な小僧といったらない、表向きに威張った喧嘩はできもしないでおとなしそうな顔ばかりして、根性がくすくすしていもんだから憎らしかろうではないか。うちの母さんが言っていたっけ、がらがらしている者は心が良いのだと。それだからくすくすしている信さんなんかは心が悪いに違いない、ねえ正太さんそうであろう、と口をきわめて信如のことを悪く言うと、それでも龍華寺はまだものが分かっているよ、長吉ときたらあれはもうと、生意気に大人の言い方を真似ると。
およしよ正太さん、子供のくせにませたみたいで可笑しい、お前はよっぽどひょうきんものだね、と言って美登利は正太の頬をつついて、そこ真面目がほほと笑いこけると、おらだってもすこしたてば大人になるんだ、蒲田屋の旦那のように角袖外套かなんか着てね、祖母さんがしまっておく金時計をもらって、そして指輪もこしらえて、巻煙草を吸って、履くものはなにが良かろうな、おいらは下駄より雪駄が好きだから、三枚裏にして縮緬の鼻緒というのを履くよ、似合うだろうかと言うと。
美登利はくすくす笑いながら、背の低い人が角袖外套に雪駄履き、まあどんなにかおかしかろう、目薬の瓶が歩くようであろうと貶めると、馬鹿を言ってらあ、それまでにおいらだって大きくなるさ、こんなちっぽけではいないと威張ると、それではまだいつのことだか分かりはしない、天井の鼠があれごらん、と指をさすと、筆屋の奥さんをはじめとしてその場にいる皆が笑い転げた。
正太はひとり真面目になって例の目玉をぐるぐるさせながら、美登利さんは冗談にしているんだね、誰だって大人にならない者はいないのに、おいらの言うのがなぜ可笑しいのかな、綺麗な嫁さんをもらって連れて歩くようになるんだがなあ、おいらは何でも綺麗なのが好きだから、煎餅屋のお福のようなあばた面や、薪屋のおでこのようなのがもし来ようものなら、すぐに追い出して家には入れてやらないや、おいらはあばたとしっかき大嫌い、と力を入れると、あるじの奥さんは吹き出して、それでも正さんよく私の店に来てくださるね、おばさんのあばたは見えないかえと笑うと、それでもお前は年寄りだもの、おいらの言うのは嫁さんのことさ、年寄はどうでもいいと言うので、それは大失敗だねと筆屋の奥様は面白づくでご機嫌を取った。
町内で顔の良いのは花屋のお六さんに水菓子屋の喜いさん、それよりも、それよりもずんと良いのはお前のとなりに座っておいでなさるのだけど、正太さんはまあ誰にしようと決めてあるの、お六さんの目付きか喜いさんの清元か、まあどれなの、と聞かれて、正太は顔を赤くして、何だお六面や喜い公、どこがいいもんかと釣りランプの下から少し下がって壁際のほうへ尻込みをすると、それじゃあ美登利さんがいいんでしょう、そう決めてござんすの、と図星を指され、そんなことを知るもんか、なんだそんなこと、とくるっと後ろを向いて壁の腰張りを指で叩きながら、回れ回れ水車を小声で歌い出す。
美登利は皆のキサラ細螺を集めて「さあもう一度はじめから」とこれは顔を赤らめることもなかった。
十ニ
信如がいつも田町に通うときに、通らなくても済むのだが言ってみれば近道になっている土手の手前に、かりそめの格子門がある。のぞいてみれば鞍馬の石燈籠に萩の袖垣がしおらしく見えて、垂木の先に巻いたすだれの様子もなつかしい。内ガラスの障子の中には今風の按察の未亡人が数珠をつまぐっていて、冠つ切りの若紫も立ちい出るかと思えてくる、その一つ構えが大黒屋の寮なのだ。
昨日も今日もしぐれの空に、田町の姉に頼まれていた長胴着ができたから、少しでも早く着せてやりたい親心で、ご苦労だが学校まえのちょっとのあいだに持っていってくれないか、きっと花もまっているだろうから。と母親からの言いつけを、何もいやだとは言い切れないおとなしさで、ただはいはいと小包みを抱えて、ねずみ小倉の緒がすげられた朴の木歯の下駄でひたひたと、信如は雨傘を差しかざして出かけた。
お歯黒溝の角で曲がっていつも通っている細道をたどると、運悪く大黒屋の前まで来た時にさっと吹く風が大黒傘の上をつかんで空に引き上げるかと疑うばかりに激しく吹くと、これはいかんと力足を踏みこたえたとたんにそうとも思っていなかった前の鼻緒がずるずると抜けて、傘よりもこちらこそ一大事となった。
信如は困って舌打ちをしたが、今さら何ともしようがないので大黒屋の門に傘を寄せかけて降る雨をひさしでよけて鼻緒をつくろっていると、いつもやりなれているわけではないお坊様なので、これはどうしたものか、気持ちだけは焦るがどうしてもうまくすげられない口惜しさ、焦れて焦れてたもとの中から記事文を下書きしておいた大きな半紙をつかみだし、ずんずんと裂いてこよりと作ると、意地悪な風がまたしても落ちてきて立てかけた傘がころころと転がり出るのをいまいましいやつめと腹立たしげに言って、取り押さえようと手を伸ばすと膝に乗せておいた小包みが意気地もなく落ちて、風呂敷は泥に、自分が着ているもののたもとまで汚してしまった。
見るからに気の毒なのは雨の中の傘なし、途中で鼻緒を踏み切っただけではない、美登利は障子の中からガラス越しに遠く眺めて、あれ誰か鼻緒を切った人がいる、母さんキレをあげてもようござんすかと聞いて、針山の引き出しから友禅ちりめんの切れ端をつかみだし、庭下駄を履くのももどかしいように、駆け出て縁先の洋傘を差すよりも早く、庭石の上を伝って急ぎ足で来た。
それと見ると美登利の顔は赤くなって、何かの大事にでもあったように胸の動機が早く打つのを、人が見ていないかと後ろが気になって、おそるおそる門の近くに寄っていくと、信如もふっと振り返ってこれも無言で脇を流れる冷や汗、はだしになって逃げ出したい気持ちだった。
いつもの美登利なら信如が難儀するのを指さして、あれあれあの意気地なしと笑って笑って笑いぬいて言いたいままの憎まれ口、よくもお祭りの夜は正太さんに仕返しだといって私達の遊びの邪魔をさせ、罪もない三ちゃんを殴らせて、お前は高みで采配を振るっておいでなされたな、さあ謝りなさんすか、何とでござんす、私のことを女郎女郎と長吉づらに言わせるのもお前の指図だ、女郎でも良いではないか、塵一本お前さんの世話にはならん、私には父さんもあり母さんもあり、大黒屋の旦那も姉さんもある、お前のようななまぐさのお世話にはならなくていいのだから余計な女郎呼ばわりはやめてもらいますよ、言うことがあれば陰のくすくすでなくでここお言いなされ、お相手にはいつでもなってみせまする、さあ何とでござんす、と袂をとらえて捲しかける勢い、と当然こうなるはずなのに、ものも言わず格子のかげに小さく隠れて、さりとて立ち去るでもなくて唯うじうじと胸をとどろかすのは、いつもの美登利の様子ではなかった。
十三
ここは大黒屋の、と思ったときから信如はもの恐ろしくて、左右を見ずにひた歩きにしていたが、生憎の雨で、あいにくの風で、鼻緒をさえ踏み切ってしまい、どうにもならない門の下でこよりをよる気持ち、憂鬱なことが色々とどうにも耐えられない思いがあったところに飛び石の足音は背中から冷水をかけられたようで、振り返ってもその人だと思うとわなわなと震えて顔の色も変わりそうで、後ろ向きになってなおも鼻緒に気持ちを集中すると見せかけながら、なかば夢の中でこの下駄はいつまでかかっても履けるようになろうともしないのだった。
庭にいる美登利はさしのぞいて、ええ不器用なあんな手付きをしてどうなるものか、こよりはばばよりだし、わらしべなんか前壷に抱かせたところで長持ちするもんではない、それそれ羽織の裾が地面について泥になっているのはご存知ないのか、あれ傘が転がる、あれをたたんで立てかけておけばいいのにといちいちもどかしくはがゆくは思うが、ここに切れがござんす、これでおすげなされと呼びかけることもしないで、これも立ったままで降る雨が袖に侘びしいのを避けもせずに小隠れて覗いていたが、そうとも知らない母親ははるかに声を掛けて、火ノシの火が熾りましたよ、この美登利さんは何を遊んでるの、雨が降るのに表に出てのいたずらはいけませんよ、またこの間のように風邪をひきますよと呼び立てられると、はい今行きますと大きく言って、その声が信如に聞こえてしまったのが恥ずかしくて、胸はわくわくと上気して、どうしても開けられない門の脇でそれでも見過ごせない難儀を色々とことごとく考えて、格子の間から手に持った端切れをもの言わず投げ出すと、見ないように見て知らない顔を信如が作るので、ええいつものとおりの心根だとやるせない思いを目に集めて、少し涙の恨み顔なのだった。何を憎んでそんなにつれない素振りがみせられるのか、言いたいことはこちらにあるというのに、あんまりな人だとこみ上げるくらい思いが迫るが、母親の呼ぶ声がちょくちょくあるのが情け無くて、しかたなくひとあしふたあしええなんぞいの未練くさい、気持ちが恥ずかしいと身をひるがえして、かたかたと飛び石を伝ってゆくと、信如は今こそ淋しく振り返ると紅入り友禅染めの、雨に濡れて紅葉のかたちの麗しいのが、我が足の近くに散らばっている。
そうしたいとどこかで思いはしたが、手に取り上げることもせずにむなしく眺めて、憂う気持があった。
自分の不器用をあきらめ、羽織の紐が長いのを外して、結びつけるのにクルクルとみっともない間に合わせをして、これならと試しに踏んでみると、歩きにくいこと言いようもない。この下駄で田町まで行くことになるのかと、今さらながら難儀を思うもののしかたもなくて立ちあがる信如だったが、小包みを横に抱えてふた足ばかりその門を離れても、友禅の紅葉が目に残って、捨ててゆくのが忍びがたくて心残りがして振り返る。すると、信さんどうした鼻緒を切ったのか、そのなりはなんだ、みっともないなと不意に声をかける者がいる。
驚いて振り返ると暴れ者の長吉が、ちょうど廓からの帰りのようで、浴衣を重ねた唐桟縞の服に柿色の三尺帯をいつものように腰の先にして、黒八の襟のかかった新しい半天に、印の傘を差しかざし高下駄の爪皮も今朝かららしい漆の色で、きわ立って見えて誇らしげだ。
僕は鼻緒を切ってしまってどうしようかと思っている、本当に弱っているんだ、と信如が意気地のないことを言うと、そうだろうお前に鼻緒を立てるのはできない、いいや俺の下駄を履いていきねえ、この鼻緒は大丈夫だよと言うと、それでもお前が困るだろう。なに俺は慣れたものだ、こうやってこうすると言いながら慌ただしく七分三分に尻を端折って、そんな結い付けなんぞよりこれがさっぱりだと下駄を脱ぐ。おまえ素足になるのかそれでは気の毒だと信如が困り切ると、いいよ、俺は慣れたことだ信さんなんぞは足の裏が柔らかいから素足で石ころ道は歩けない、さあこれを履いておいで、と揃えて出す親切さ。人には疫病神のように厭われながらも毛虫眉毛を動かして優しい言葉がもれ出るのがおかしい。
信さんの下駄は俺が下げていこう、台所へ蹴り込んでおいたら子細はあるまい、さあ履き替えてそれをお出しと世話を焼き、鼻緒が切れたのを片手に下げて、じゃあ信さん行っておいで、あとで学校で会おうぜという約束をして、信如は田町の姉のもとへ、長吉は我が家のほうへと行き別れると、思いがとまった紅入りの友禅は、そのいじらしい姿をむなしく、格子門の外にとどめていた。

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